蟻通神社ブログ
落ち葉がどっさり!
<この時期、掃いても掃いてもです。>
境内には、落葉樹が多いので、五月と十一月は、落ち葉掃きに追われます。掃いているそばから、葉っぱが落ちてきて、うんざりしてしまいます。
神職の仕事は、掃除に始まり掃除に終わるといわれるくらいなのですが、木が大きくなるにつれ、落ち葉掃きが追いつかず、あちらこちらにたまって、お見苦しい限りです。
今日は、お天気がよかったので溜まっていた落ち葉を掃いて、境内が少しすっきりしました。
お宮の四方山話 蟻通神社の権禰宜 2011年04月29日
「新任神職諸君!」の記事について
<神社新報の新聞記事のお話> 「青年神職よ!オールマイティプレーヤーたれ!」
にとても共感しました。
世の中には、一般紙のほかに、いろいろな業界の新聞が発行されています。神社神道の新聞に、神社新報(発行:神社新報社)があります。
宮司や私たち家族も愛読させて頂いております。その紙面の中には、全国各地の神社の情報や講習会や研修のことや、神職の心得や神社にまつわるいろいろなことが掲載されています。 その中に、先輩の神職の方々のご奉仕の様子や、後輩神職へのアドバイスについて書かれた記事等は、いつも勉強になります。
先日、新任神職への提言の記事がありました。神職の資格を頂いてすぐ一人前の神職ではなく、しっかりとした実践を重ね、自己研鑽を重ね多くの知識を備えることが大切であると書かれています。 とくに家族で維持する多くの民社・村社の神職は、オールマイティプレーヤーでなければならないとおっしゃっています。例えば、自社の歴史のこと・境内の樹木のこと・清掃のこと・社殿の建物の修繕方法・地域やご参拝の方々とお話しすること、などなどです。
宮司を務めるということは、本当に重責なのだなと思います。当社も神社役員さんにお世話になりながら、家族総動員でご奉仕をさせて頂いています。
宮司が、若くて元気な頃は、建物を修理したり、ペンキをぬったり、植木を栽ったり、授与品の製作など自分でできることは、工夫をして取り組んでいました。
宮司がよく言うのは、「人から教えてもらう間は物事を覚えようとしない。自分で工夫をし、考えて、実行して始めて一人前になる。」です。 今までは、宮司に頼ることが多く、資格をいただいてから随分立ちますが、私は、未だに新任神職のままだなと実感しています。
この記事を読んで、遅ればせながらいろいろなことを地道に学んでいこうと思い直しました。
『平成二三年三月二十八日の神社新報 山下 裕嗣先生の記事より』
お宮の四方山話 蟻通神社の権禰宜 2011年04月29日
境内の説明立て札について
<神社の役員さんが、手作りの立て札をたくさん作って下さいました。>
ずっと以前から、各地の寺社でよく見られる、由緒が書かれた案内の立て札があればよいのになと考えていました。市販のものは、かなり高価で、なかなか何本も購入することが難しいので、諦めておりました。
その長年の思いが通じたのだと勝手に思っているのですが、今年、神社役員の方が、手作りで、駒札型の立派な立て札を十数本、製作して下さいました。 板の文字は、宮司が書き込みました。まだ、数か所だけなのですが、設置していただきましたので、ご参拝の折に、ご覧になって下さいませ。 木製のきれいな板の立て札を作っていただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
大きな寺社ではないので、なるべく予算がかからないようにと、神社役員の皆様がご自分たちのお仕事の合間をぬって、いつも様々なことをして下さいます。
例えば、木の伐採、消毒、除草剤の散布、ペンキ塗り、竹灯篭作り、しめ縄作り、神社の建物の修繕、などなどです。(まだまだありますが、)
昔から代々の神社の役員さん方が、受け継いで、ご奉仕をして下さったおかげで、戦争での移転後も神社が存続でき、整備されてきたということを、忘れてはいけないなと思っています。
「弁財天社」
「足神神社」
「仏足石」
お宮の四方山話 蟻通神社の権禰宜 2011年04月25日
神職の装束の写真
<男性神職の正装>
4月10日は、祈年祭が斎行されました。祈年祭は大祭(たいさい)にあたるので、装束は、正装を着用します。紀貫之の衣装の部分でも触れましたが、男子神職の正装は、「衣冠(いかん)」とされ、冠をかぶり、檜扇を持ちます。 上衣・袴の色は神職の身分・階級によって区別があります。
この装束は、一人で着装するのは、非常に難しいです。 いつも助祭の神職の方々に着付けて頂いています。
お宮の四方山話 蟻通神社の権禰宜 2011年04月12日
「震災どう乗り越える」3月29日春日武彦先生の読売新聞記事
<哀しみと不安を抱えながらの新学期となりました。>
例年なら桜の開花を待ち望み、希望と喜びに溢れた春なのに、今年は日本の誰もが、心から喜びをあらわせない春です。 震災から3週間が経とうとしていますが、依然行方不明の方々の数は少なくなっていきませんし、原発の問題もいつ終わりが来るのだろうという毎日です。 被災された方々がこの困難を克服されるのは、本当に大変なことだと思います。また、災害復興の支援に携わっている方々には、頭が下がる思いです。 大阪に住む私自身は、お力になれることは少なく、ただ災害の報道を見ることしかできないのに、気持ちも沈みがちです。そういう気持ちで過ごす人々に、どう考えていったらいいのか教えてくれる新聞のコラムがありました。一部省略して、抜粋させて頂きます。 震災どう乗り越える
『この鬱々と重苦しい毎日を、いきなり晴れ渡った気分で満たす方策はない。だが、うな垂れる必要もない。被災地から隔たった場所に住む人間は、誠実さや活力が他人へ伝搬し得るという事実を思い出そう。 他人を思いやることと、過剰な自主規制や自粛とは直結しない。被害を受けずに済んだ者が何かを楽しんでも、それが「不謹慎」ということになってしまえば心は萎縮しかねない。他人の顔色を窺うような態度は、誰も救えない。
被災者の存在を胸の内に置きつつ、背筋を伸ばして日常を営んでいくことが大切だろう。』
3月29日(火)読売新聞朝刊:春日武彦先生の記事より
お宮の四方山話 蟻通神社の権禰宜 2011年04月02日